彼女の心に映る人 1

 

注…主人公の名はユリアスです

 

 ドルマゲスを追撃するため、ポルトリンクの港から連絡船に乗り、アンカスタ大陸に渡ったユリアス、ゼシカ、ヤンガス、そしてトロデの4人(?)。連絡船の出航を邪魔していたモンスター・オセアーノンを懲らしめて得た情報と、アンカスタ大陸側の、連絡船の船着場での聞き込みを基に、南に位置するマイエラ修道院に向かった。しかし、ここでもドルマゲスの有力な情報をえることはできなかった。その上、日暮れ時が近づいてきてしまったのに、修道院には宿泊施設がないという。修道僧の一人が、マイエラ修道院に参拝に来た者は、少し離れたドニの町を宿泊地にするというので、とりあえず三人は、宿をとる為にその町へ行くことにした。その道中のこと……。

 

 

「あ〜〜もう頭にくるわね!あの修道院!!なによ、あの修道僧達!お高くとまっちゃって!何様のつもりよ、まったく」

声を荒立てて怒っているのは、ツインテールの亜麻色の髪の少女、ゼシカである。豊かな胸元があらわになった紺の服に、白い裏地の紅いロングスカートをはいている。美人ではあるが、やや大きめの、赤いトパーズ色の瞳は、気の強そうな印象があり、感情をむき出しにして怒っている振る舞いが、その印象の正しさを証明していた。

「ねぇ、そう思わない、ユリアス?」

ゼシカは、自分が述べた文句に同意しなさいと言わんばかりのきつい口調で、自分の右隣にいる、邪魔にならない程度に豊かな漆黒の髪を、紅いバンダナで覆っているユリアスと言う少年に問いかける。華奢な体つきで、胸を除けば、ゼシカとそれ程大差はない。紺の服にグレーのズボンをはき、そのうえに、膝まで届く袖のない、山吹色の袖なしのコートを羽織っている。美男子という程ではないが、少々大きな黒曜石の様な瞳は、見る人に穏かで優しげなイメージを与え、実年齢より彼を幼く見せていた。

「確かに、不愉快なところではあったけど、いちいち腹を立てていたらキリがないよ」

ゼシカの文句には同意をしつつも、柔らかな声でやんわりとたしなめるユリアス。

「まぁ…そうかもね。ちょっと大人気なかったかな?」

先程まで、あれほど怒っていたくせに、ユリアスの一言で、ころりとおとなしくなるゼシカ。

「やれやれ…感情の変化が忙しい嬢ちゃんでがすなぁ」

こう皮肉を漏らすのは、トゲがいくつもついた奇妙な石製の帽子をかぶり、毛皮のチョッキを素肌の上に着込んでいる男、ヤンガスだ。釣りあがった目つきと、左頬の十字傷が、この男の歩んできた荒んだ人生を証明していた。しかし、背丈はユリアスの肩まであるかどうか。その上、鼻の形と顔のつくりが丸く、体格もそれ以上に見事な(?)丸型である。本人は、このことを事の他気にかけているようであるが、その体型が、彼の人相の悪さを和らげる役割を果たし、むしろヒョウキンな雰囲気を漂わせる効用を持っていた。

「何か言った?ヤンガス」

ユリアスの一言でおとなしくなったと思いきや、ヤンガスの小声の皮肉を聞きとがめ、またしても不機嫌になるゼシカ。

「別に、ただ自分の感情に正直な嬢ちゃんだといっただけでガス」

「何かすごく皮肉っぽく聞こえるんですけど?」

飄々とした口調で受け答えるヤンガスと、口元は笑っているけど、きつい目つきで詰め寄るゼシカ。

「これこれ、やめぬか。ほれほれ、あそこに見えるのがドニの町とやらではないか?」

二人の仲裁に入ったのは、白馬の馬車の手綱をとる、妙に小さなナメッ○星人…いや、ヤンガス曰く、「緑のおっさん」ことトロデ。そのトロデが指差す先には、岩棚に挟まれた細い道があり、わずかだが建物が見えた。

 

 

 ドニの町はさほど広くはない。広さから言えば、ゼシカの故郷・リーザス村の方が広いだろう。町にある施設も、宿屋と教会、そして酒場くらいが目立つ程度だ。トラペッタやポルトリンクなどには及ばない。酒場の存在が、静かなこの町にわずかに活気を放っていた。

 宿の手配をすませたユリアスたちは、夕飯を取るために酒場へ向かう。ユリアスとゼシカは乗り気ではなかったが、食事を取れそうなところが他になかったことに加え、ヤンガスの助言が影響した結果である。その助言とは、

「この町はマイエラ修道院の参拝に来る人が宿をとる場所でげすから、意外に世界各地から色々な人間が訪れるでガス。だから、酒場に行けば、ひょっとしたらドルマゲスの野郎のことを知ってる奴がいるかもしれんでげす」

と、一見もっともなものであった。だが、

「一見もっともだけど、お酒が飲みたいって魂胆が見え見えよ」

あっさりとゼシカに喝破されてしまう。

「ありゃりゃ、ばれちまったでげすか。でも、この時間で飯食って、情報集めできる場所に酒場はうってつけだと思うんでげすがねぇ」

空は夕日が顔を西へと隠し、夜の闇と月と星が支配していた。確かに、聞き込みができる場所は、かなり限られる時間帯である。ゼシカも結局はヤンガスの意見を受け入れた。ユリアスもゼシカ同様、酒場に入ったことがないが、それを我慢すれば異存はない。

 

 ドニの酒場は、外にも席が設けられている。二階建てで、バルコニーがあり、ここでも酒が楽しめるようになっている。ユリアスたちは、一階のテラスを通って入口のドアを開く。そこは別世界だった。外の静寂に近い静けさとは打って変わって、まさに騒がしいの一言に尽きる雰囲気に一瞬唖然とする。しかし、ヤンガスだけは、この雰囲気に慣れているようで、別段驚く様子もない。酒場の客層は、中年の男が大半を占めている。一人黙々とグラスを傾ける者、飲み仲間との馬鹿話で大笑いしている者、盛んに注文をして、給仕の女性をせわしく動き回らせている者、カードゲームに熱をあげている者達、それを興味津々と周りで眺めている者など様々だ。中には明らかに修道院の僧侶としか思えない格好のものが数名いる。

「おぉ、この活気、やはり酒場はいいでげす。あ、兄貴、嬢ちゃん、ちょうど空いてる席があるでがす」ヤンガスは、ちょうどいい具合に、三つの席があるテーブルを見つけて指差し、ユリアスとゼシカを先導して席に向かう。

「あら?いらっしゃーい、ゆっくりしていってね」

 肩までおろした少々癖のある金色の髪と、青い瞳が特徴のバニーガールの格好をした給仕の女性が、ユリアスに声をかけてくる。

「ねぇ、あなたもマイエラ修道院に参拝に来たの?」

「え?ま、まぁ、そんなところです」

「ふーん。たいていこの町に来る人はそうだからね…」

いきなり女性に声を掛けられ、戸惑うユリアス。その戸惑いをよそに、バニーの女性は、ユリアスの顔を繁々と見詰めだす。

(な、何なんだ?この人は…)

表情こそは大きく崩さなかったが、ユリアスは内心の戸惑いを加速させる。

「お兄さん、ククールとはタイプが違うけど、結構いい男ね。うちの店の常連さんになってよ。それで私にちょくちょく会いに来てくれたらうれしいなぁ」

青く綺麗な瞳と、屈託のない微笑を向けられて、ユリアスの頬にわずかだが赤みが差す。

(初対面の僕に、何を言い出すんだ?この人は)

気後れしたユリアスは、どう反応すべきかわからず、黙り込んでしまった。しかし、この彼の反応がお気に召さなかったお嬢様がいた。

「ちょっと、ユリアス。あんた何鼻の下伸ばしてるのよ!!」

ゼシカである。怒鳴られて、思わずビクッとしてしまう。

「ほら、ヤンガスが席を取ってくれたから、いくわよ」

ゼシカはユリアスの左手首を左手でつかみ、右腕を滑りこませると、彼の左腕を抱きかかえるような格好のまま、ヤンガスの待つ席まで引っ張っていく。その様相を、ポカンとした表情のまま眺めるバニー。

「残念ねぇ。あの坊や、怖〜い彼女持ちみたいよ」

バニーの彼女に声を掛けるのは、同じ給仕の女性だが、スカートの部分にいくつものスリットが入り、鎖骨があらわになった黄色い衣装は、踊り子のような雰囲気を漂わせている。おそらく、酒場での余興で、踊りを披露することもあるのだろう。

「ふん、いいもん。わたしにはククールが…って無視するな〜」

踊り子の女性は、バニーの反論はどこ吹く風で、ユリアスたちが座った席に向かう。注文を聞くためだ。

 

「いらっしゃませ、お飲み物は何にいたしましょう?」

踊り子の女性は、落ち着いた響きを持つ声で、ユリアスたちの注文を伺う。

「アッシは葡萄酒で、兄貴と嬢ちゃんは?」

「僕はアルコールのない飲み物を。ゼシカは?」

「私もユリアスと同じで」

女性は一瞬、ポカンとした表情を浮かべる。

「あ、あの…何か」

ユリアスは女性に尋ねる。

「あ…失礼いたしました。何分、飲み物でお酒以外の注文を聞くことが稀ですので…」

「すいません。僕もお酒飲んだことがないものですから」

「…」

またしても、呆気にとたれた表情の女性。

(また何か変な事を言ったのかな?)

踊り子の女性は、微笑を浮かべる。

「だめよ坊や、男の子だったら、お酒くらい嗜めるようにならないと」

先程までの、丁重な口調ではなく、お姉さんぶった口調を駆使してくる。この変化に、ユリアスはあっさりと意表をつかれた。おまけに、ユリアスにとって、はた迷惑な爆弾までご丁寧に投げかけてくれた。

「何なら、私がお酒の飲み方を教えてあげるわよ、手取り足取りね…」

しかし、今度のユリアスは、頬を紅くさせられることも、鼓動の速度を速くさせられることもなかった。それらを打ち消すかのごとく襲ってきた、左脇腹の激痛に耐えねばならなかったからだ。彼の脇腹を手加減なしにつねっているゼシカの右手が、それの正体だった。

「ぜ、ゼシカ〜」

「ふん!」

もはや、不貞腐れてしまったゼシカ。それを横目でちらりと見て、女性はお盆で口元を隠す。おそらく、笑っているのだろう。

(も、もしかして、この姉ちゃん、ゼシカが兄貴にやきもち焼くのを見て楽しんでいるのでは?)

ヤンガスにとって、ゼシカの怒りぶりなど、かわいい部類に入るものだが、その矛先を向けられるのは、兄貴と慕うユリアスであるし、自分も進んで女のヒステリーのとばっちりなど受けたくはない。厄介極まる状況を作り出してくれたこの女性を、内心恨めしく思うヤンガスだった。

 

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