毎日は小さな幸せで溢れてる

いつも隣に立っている端正な顔立ちのカリスマ青年がいないのに首をかしげた。

また喧嘩でもしたのかな。

「何を取るの?」

「え?」

「木の実を取ろうとしてるんでしょ?私も木登りに挑戦したいの」

そう言ってゼシカは、元気に笑った。

ゼシカの目は新しいことにチャレンジしたい欲求でキラキラ輝いていて。

とても止められる雰囲気ではなかった。

というか、彼女は一度言い出したら必ずそれを実行する。

長い付き合いで、ティアにもそれがよくわかっていた。

止めても無駄。

だから、とめる言葉を口にしたりはしない。

「ククールは?知ってるの?」

「は?何であいつが関係あるのよ?!」

ティアに対して語調を荒げることなんて滅多にないのに、

ゼシカは荒々しく言い放った。

「ううん。そうじゃないよ」

何かあった時に、すぐにベホマを唱えてもらわなきゃいけないなあ・・・。

そう考えてたことを言わずに口を閉じた。

彼女が失敗することを前提に心配していることが失礼であることに気づいたから。

それに、今さっき喧嘩して来た様で機嫌が悪そうなのに、

ここでそんな事はいえない。

「この木がのぼりやすいと思うんだ。それに美味しそうな実がなってる。どうする、挑戦してみる?」

ティアが心配するように問いかけると、ゼシカは元気に頷いた。

木登りの手ほどきをし、危険性をとくとくと語ったけれど。

ゼシカの意思はちっとも変わらない。

止めることは、はなから諦めていたはずだったけれど、

やっぱり、無駄だった。

ちょっとだけ、がくりとする。

「いいわね。あの実は美味しそうだわ。ミーティア姫に丁度いいじゃない」

「うん。そうなんだ。でもゼシカ、くれぐれも気をつけてね。」

なおも心配そうに呟くティアに、ゼシカは笑った。

「平気よっ。さ、見ていてね」

言い出したら聞かない少女に、ティアはハラハラが止まらない。

確かに彼女は、すばやい身のこなし、体力、魔法力、かしこさまで天下一品。

戦闘時も男顔まけの戦いぶり。

だけど、女の子なんだ。

ミーティア姫と同じ、少女なんだ。

ミーティア姫も言い出したら聞かないけれど。

姫という立場から、余程の事がない限り何か無理なことを言ったりしない。

彼女ができる範囲で、自ら責任が取れるのは何処までなのかをよく考えた上で

行動したり発言したりしているところがある。

でも、このゼシカは・・・。

「そうそう、その枝に。」

先にティアが木に登り、ゼシカにどの枝を足場にしたらいいのかを示しながら進む。

眉を寄せて不安げに見下ろすティアに返ってくるのは、

楽しげに笑うゼシカの笑顔。

「ふぅ。結構高いのね!」

ゼシカがほんの少し下を見て言った。

風になびくスカート。

遠くなる地面。

夕焼けが正面に見え始める位置。

「うん。また今度にしたいときはすぐ言ってね」

再度再度注意を促す。

怖かったら降りて、などといったら返ってくるのは、変に煽られたやる気だけ。

「心配性ね。でも、いいな。優しいね、ティアは」

満面の笑みでそう言われて、ティアはどう応えたらいいのか分からず、

とりあえず、微笑んだ。

それから目指していた太い枝に腰を下ろし、

下からのぼってくるゼシカに注視する。

彼女はティアが足場にした枝を確実にたどって

蝶の様に軽やかに上り詰めた。

「わあ、綺麗。夕日が真正面に見えるのね!」

ゼシカはティアの隣の太い枝に腰掛けて、今にも沈む茜色の夕日に目を奪われる。

ティアも森の中から差し込む赤い光に、

暖かい癒しを感じて、その風景を楽しんだ。

「あはは。ティアのほっぺが赤いわよ。何照れてるの?」

ゼシカがからかうように言って、ティアの頬にぷにっと指を差した。

「え?え?別に何も」

思っても見ないような行動と言動に、ティアは焦ったようにゼシカを見た。

ただ、綺麗な夕日に見とれていただけなのに。

夕日に照らされて頬を赤く染めたゼシカは、何故か嬉しそうに微笑んでいる。

「ふふ。冗談よ。ただ、夕日があなたの頬を染めているから、可愛いなって。」

「む・・・。可愛いとはなんだよ?」

「だって、とっても可愛いお顔じゃない?」

ゼシカがくるりと大きな瞳で覗き込んだ。

確かにティアは童顔である。

青年といわれる年なのに、容姿はとても子どもっぽい。

ククールにはお子様だとからかわれることも多い。

僕からすれば、ククールだって充分子どもっぽいところも多いのに!

もちろんゼシカもそうだ。

「・・・・」

「嘘よ。そんな顔しないで。からかっただけ」

「そう・・・」

ティアは憮然として頷いた。

ゼシカから目を放し、遠くの夕日を見上げる。

無数の葉っぱの間から赤い光がキラキラと漏れてとても綺麗だった。

「こんな時間をサーベルト兄さんとも過ごしたわ」

ふいに。

ゼシカは懐かしそうに遠くを見て囁いた。

聞き取れないくらい小さく。

だけど、とても幸せそうに。

「飽きるまで夕日を見てね、いろんなことを話していたの」

ゼシカはにっこり笑ってティアを見る。

ティアは幸せそうなゼシカの微笑みに、胸が温かくなるのを感じた。

なんて、見ているこっちが幸せになれるような笑顔を見せるんだろう。

ぼんやり、そんな事を思いながらティアも微笑んだ。

「ティアってね、サーベルト兄さんと似ているわ」

「え?あのすごくかっこよくて勇敢な兄さんと?」

ティアは驚いた。

あの石像で見た過去のサーベルトの記憶が思い出される。

彼は、あまりにも端正な顔立ちの優しく情が厚い勇敢な若者だった。

「そう。顔って言うんじゃなくてね。持っている雰囲気が似ているの」

「雰囲気かあ〜」

ティアの雰囲気といえば、

ぼんやりふわふわゆったりしている癒し系と言うところだろうか?

うーん・・・。

ティアは困惑した。

「ティアってね。暖かいのよ。会う人や仲間をとても大切に思っているのが伝わってくるの。それって、とっても嬉しいものよ?」

あまりに素敵に褒められて、ティアの頬に血が上る。

確かに仲間をとてもとても大事に思っている。

それは自分の居場所となるから。

自分の存在意義となるから。

幼い頃の記憶を失っていて、存在自体が曖昧なティアにとっては、

人とのつながりが全てだった。

だからこそ、何よりも大事にする。

自分の為にそうしているのに、ゼシカはそれを嬉しいと言ってくれた。

ちょっと照れながら、ティアは熱を込めて言い返す。

「ゼシカだってそうだよ。自分の想いや意思に素直じゃない。いつだって、それを貫く強さを持ってるし、口にして伝える事を躊躇わない。僕、それはすごいと思うよ?」

「ありがと!自分の信じた道を歩くのが私のモットーよ」

「あはは。そうだったよね。君は一本筋が通っている。すごく気持ちいい」

ティアは笑った。

ゼシカも明るく笑う。

「よく、兄さんにも言われてた。同じ事言うのね、ティア」

甘えるようにそう言って、

ゼシカはティアの肩にもたれた。

暖かい肌が、ティアの体に伝わる。

ゼシカは、子どものように無邪気に微笑んだ。

可愛らしい笑顔。

ナイスバディで色気溢れる姉さんからはとても想像できないほどの無邪気な笑み。

ティアは、心が温かくなるのを感じた。

なんだか、可愛く思えてくる。

いつもは、面倒見の良い姉御だと言うのに、

今日は、年下の妹のようだ。

「今日だけ、僕がお兄さん?」

ちょっと、得意げに笑ってゼシカを見下ろした。

「うん、そう。でも、今日だけじゃなくって時々、そうなって欲しいな」

こうやって兄に甘えてきたんだろう。

上目遣いにそう言って、無邪気に微笑む。

とても自然に甘えられて、ティアは胸が躍った。

可愛くて、愛しく想う。

「僕の妹か。」

「そ。妹」

「嬉しいな」

家族はいなかったから。

全然自分の肉親の記憶がなかったから。

そんな言葉一つに、とても嬉しくなってしまう。

ティアは、幸せに笑った。

ゼシカも幸せにまどろむ。

なんだか、空気が暖かくって目を閉じたくなるような気分だった。

「おーいっ、ゼシカ!ティア!そんなところで何してるんだっ」

下から怒鳴り声が聞こえてきて、二人は顔を見合わせた。

声がぴりぴりと鋭く怒りを帯びている。

「ククールだわ」

「なんだか、怒っているね」

よくも、そんなに怒れるもんだ。

何でククールはすぐに感情を露わにしてゼシカを見るんだろう?

「降りましょう。これ以上、テンションあげられたら堪らないわ」

ゼシカは呟いて、ひょいと枝をつたって下りだした。

のぼってきた時のように身軽に下りていく様子に、安心する。

さすがすばやさナンバーワンだ。

そう思って、ティアが降りようとした瞬間、

「きゃっあ」

ゼシカの焦ったような叫びが聞こえた。

驚いて下を見れば、足を踏み外して落ち行く少女。

スカートが羽のように広がって真っ青な顔で地面に向っていく。

ティアは焦って手を伸ばす。

けれど、とっくに離れた手は、到底掴むことが出来ない。

間に合わない!

どうしよう!

隣で、無邪気に微笑んでくれた少女が落ちていく。

そう思った時。

「バギマ!」

鋭い声が森に響き渡り、地面から勢いよく風が舞い上がった。

ゼシカの体を風がふわりと包みこみ、墜落のスピードを和らげる。

銀色の騎士がそのまますばやく動いて、両手を広げた。

ドサっ

「間一髪だぜ。」

安心したように囁いて、ククールはゼシカの体を抱きしめた。

お姫様抱っこのような形で受け止められたゼシカは、

木から落ちたショックと緊張で体が固まって動かない。

ティアは、ほっと一息ついた。

良かった、ククールがいてくれて。

そうしてすばやく駆け下りた。

「お前何考えてるんだよ。あんな高さから落っこちて!」

ククールが声を荒げるのを抑えながら、うめく様にゼシカの耳元に囁く。

ティアは、いつもクールに微笑んでいるククールが

苦しげにゼシカを見つめているのを発見して、近寄ることが出来なかった。

なんだか、悪い気がする。

どうしてなんだろう?

そう思って、ティアはその場に立ち尽くした。

ゼシカの体が何処も怪我をしていないのか気にかけながら。

「まさか落ちるとは思わなかったわ。でも、ありがとう、ククール。助けてくれて」

ゼシカは、にっこり微笑んだ。

何処も痛くなさそうだ。

「まったく・・・。とりあえず、ベホマ!」

ククールが回復魔法を口にする。

青白い光が、ゼシカの体全体を包み込み、

お風呂に入った後のようにぽかぽかとしてきた。

「ありがとう、ククール。もう平気!」

「放せねぇよ。」

そう言ってククールはお姫様抱っこをしたままゼシカをぎゅっと抱きしめた。

「ちょ、ちょっと、放しなさいよ!」

「ふんっ。それより・・・」

ククールがゼシカを抱いたまま、ティアのほうを向いた。

空色の瞳は、鋭く冷たいアイスブルーと化しティアに突き刺さる。

ティアは慌てた。

「おまえがいながら、何でこんなことになんだよ!」

「え?あ、ごめん。」

ククールの怒りを真正面から受けて、ティアはびくりとした。

もっと慎重に下りるのを見ていればよかったのかな。

あ、そうだ。

僕が先に降りて下からゼシカを見守ればよかったんだ。

きっとそう。

もしククールがいなければ、大変なことになっていた。

「ごめんね、ゼシカ。危ない目にあわせちゃって」

ティアは悲しくそう言って、抱きかかえられているゼシカを見つめた。

「ティアが悪いんじゃないわ。私がドジったのよ。さ、早くテントに戻りましょう。こんなところで話していてもしょうがないわ」

ゼシカはティアやククールを取り巻く雰囲気を振り払うように明るく笑った。

そうして、勢いよくククールの腕から飛び出す。

「ほら、早く!」

彼女はそういって、風の様に森を抜けて駆け出した。

残されたのは怒りに震えるククールと。

後悔でいっぱいのティア。

「何で、木なんかに登らせたんだよ」

ぴりりとした鋭い声をティアは受け止める。

「ゼシカがそう望んだからなんだ」

「だからって、あんな危ないこと!よく考えろよ。」

「うん。ごめんね。後悔してる。僕が先に下にで待っていなかったこと」

ティアは、苛立ちと怒りがよぎるアイスブルーの瞳を見上げた。

「上らせたことだろ」

「ううん。ゼシカのやりたいことだったから、それを止めなかった自分に後悔はしてないよ。ただ、安全確保をもっと考えなきゃいけなかったんだ」

やりたい事を止める権利はない。

けど、そうしないならそれだけの事をよく考えなきゃいけなかった。

ミーティア姫の場合は、いつもそれは用意周到なほど考えていたのに。。

はあ。とティアはため息をついた。

「全く。何、保護者みたいな事言ってるんだ」

呆れたようにククールが呟いて、ティアを覗き込んだ。

「おまえさあ・・・。ゼシカの事・・。」

ククールは言いかけて口を閉じた。

「え?」

何が言いたいのか分からず、ティアは続きを促す。

けれど、ククールは不機嫌そうに、

「なんでもねぇよ。かえんぞ」

と言い放って、背中を向けて歩き出した。

なんだったんだろう。

ティアは首をかしげて、ククールの後を追った。

まあ、いいか。

そのうちきっと話してくれる。

今日は、素敵な夕日も見られたし、

強気の彼女が可愛い妹になってくれた。

たくさんのいいことがあった今日に感謝して、

また明日!

ティアは左手に木の実を持って、白く美しい白馬の元へ走った。




初めて書いた主ゼシです。
こんなものでいいですか・・・・?(不安)


管理人コメント
めぐさんはじめまして 主ゼシ作品のご投稿ありがとうございます。
うまくかけていると思います!主人公、ククール、ゼシカの三角関係・・・良いですね 恋の行方が気になります!
またのご投稿をお待ちしております。
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